小さなミステリー

「先生、舌が紫になっているんですけど」

 看護師が、戸惑ったように言った。

 手術が終了し、今日の手術した猫ちゃんが、麻酔から覚醒するのを待っている時の出来事だった。

 確認すると、確かに、舌はチアノーゼを起こしているように紫色に変色していた。

「血中酸素濃度は」

 私は、看護師に聞いた。

「100%です」

 麻酔中は、舌に装着するパルスオキシメーター、血中酸素濃度を測定するモニターのセンサーは、現在、耳に装着していた。麻酔が覚めて来て、舌を動かすようになると、その動きに反応してしまい、うまく、血中酸素濃度が測定できなくなるからだった。

 麻酔をオフにして10分以上たっている。気管チューブも抜管して、自発呼吸もしている。血中酸の濃度が、100%ということは、全身的には、低酸素状態に陥っているとも考えにくい。足に裏のパッドも、きれいなピンク色をしていた。

 どうして舌だけが?

 部分的にチアノーゼを起こす例としては、慢性化したある心疾患が考えられる。その疾患では、口腔粘膜はピンク色だが、下半身が暗紫色を呈する。手術前の聴診でも、心雑音は聴取されていなかったし、チアノーゼを起こしているのは舌なので、この疾患とは明らかに違う。

 麻酔の覚醒、覚めかけ時は、統計的に麻酔事故が多発する時間帯。小さな変化でも、放置できない。

「もしかして、・・・」

 猫ちゃんの口を、開かそうとすると、案の定、ガチガチに歯を噛みしめていた。

「原因はこれか」

 食いしばるように閉ざしていた口を開けると、チアノーゼは解消していった。

 普段なら舌が、紫になるまで自分で咬むなんてことはあり得ないが、麻酔が、完全に覚めて無い状況では、痛覚もまだ麻痺していたと考えられる。

 書くと長いが、実際には、数秒のできごとだった。

 これで、一件落着。何事も無く、手術が終了して、ホッと胸をなでおろしました。